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東京地方裁判所 平成2年(ワ)1352号 判決

原告

住野清一

被告

岡庭宣英

ほか一名

主文

一  被告岡庭宣英は、原告に対し、四四三万二九〇〇円及びこれに対する昭和六三年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告伊勢しづ子は、原告に対し、四六五万九七〇〇円及びこれに対する昭和六三年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を、いずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告に対し、被告らは各自一二〇三万五二八六円、被告伊勢しづ子は六二万六八〇〇円及びこれらに対する昭和六三年一月一日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生(以下、この事故を「本件事故」という。)

(1) 日時 昭和六一年一一月一五日午前九時ごろ

(2) 場所 東京都世田谷区桜丘三丁目二九番七号先路上(以下、「本件路上」という。)

(3) 加害車 普通乗用自動車(練馬五七た八五〇四)

右運転者 被告伊勢

(4) 被害車 普通乗用自動車(品川五二つ五〇八三)

右運転者 原告

(5) 態様 追突

2  責任原因

(1) 被告岡庭は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

(2) 被告伊勢は、加害車を運転するときは、前方を注視すべき義務があるのに、これを怠つて運転した結果本件事故を発生させた。

3  原告の損害

(1) 傷害、治療経過、後遺症

〈1〉 傷害

頸椎捻挫

〈2〉 治療経過

昭和六一年一一月一五日から同年一二月一八日まで関東中央病院通院

昭和六一年一二月一九日から同六二年一月一四日まで同病院入院

昭和六二年一月一五日から同年三月二六日まで同病院通院

〈3〉 後遺症

頸部痛、頭痛、耳閉感、左小指の痺れ

なお、症状固定日以後も東京歯科大学市川総合病院に通院している。

(2) 原告の具体的な損害

〈1〉 入院雑費 三万二四〇〇円

〈2〉 治療費、リハビリテーシヨン費用 四四万六四四〇円

但し、昭和六二年一月一五日以降同年三月迄の関東中央病院での治療費八万一三四〇円、同年四月一七日から同年一一月三日までの東京歯科大学市川総合病院分でのリハビリテーシヨンを受けた際の治療費三六万五一〇〇円の合計額

〈3〉 器具費 一万二八〇〇円

入院中首を動かすことができなかつたことから、研究継続のために購入した読書用スタンドの購入代金

〈4〉 医師への謝礼 三万〇〇〇〇円

〈5〉 休業損害 四五一万一七八四円

Ⅰ 原稿料、委託研究費 三九二万八三二〇円

原告は、関東中央病院内科医長として勤務していた昭和六一年五月一四日から各種の原稿・研究の依頼があり、同年一一月一四日までの六カ月間に五二三万七七六一円(月平均八七万二九六〇円)の収入があつたが、本件事故により、事故日から同六二年三月末までの四カ月半の間、全くできなかつた。

Ⅱ 休業損害 五八万三四六四円

〈6〉 逸失利益 四〇〇万一八六二円

本件事故前一年間の給与所得七八六万四八一四円と右の半年間の原稿料及び委託研究費を二倍した額を基礎とし、労働能力喪失率を五パーセントとし、存続期間を五年として、ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、逸失利益は四〇〇万一八六二円となる。

〈7〉 慰謝料 二〇〇万〇〇〇〇円

原告は本件事故後一カ月間は代診医が見つからずにやむをえず無理を押して勤務を続けたもので相当の苦痛を味わつた。入院中は同僚医師に多大の迷惑をかけたことにより精神的に重い負担を感じた。後遺障害による痛みのためにリハビリを続けた。東京歯科大学市川総合病院に勤務するようになつてからは、東大病院内科などでの副業をすることができなかつた。これらの事情を考慮して慰謝料を算定されるべきである。

〈8〉 物損 六二万六八〇〇円

Ⅰ 修理費 二二万六八〇〇円

Ⅱ 車両評価損 四〇万〇〇〇〇円

〈9〉 弁護士費用 一〇〇万〇〇〇〇円

原告は、本訴の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、相当額の報酬を支払うことを約したところ、そのうち被告等に対して賠償を求めうる弁護士費用は一〇〇万円を下らない。

4  よつて、原告は、被告らに対し、各自一二〇三万五二八六円、被告伊勢に対し六二万六八〇〇円及びこれらに対する本件不法行為後の日である昭和六三年一月一日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2(1)の事実のうち、被告岡庭が加害車を所有していることは認めるが、その余及び(2)の事実は否認し、法律上の主張は争う。

3  同3(1)の事実は知らない。(2)の事実は不知ないし争う。

4  原告の後遺症について

原告については、昭和六二年三月に症状固定となつた。同年四月二二日付けの関東中央病院医師作成の後遺障害診断書による事前認定手続きにおいて、自賠責保険調査事務所は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下、「等級表」という。)の何れにも該当しないとの判断をなした。

5  本件事故後の事故

原告は、本件事故後の昭和六二年一一月四日、タクシーに乗車中、バスに追突され、頸椎捻挫の傷害をうけた。そして、この傷害による後遺症として等級表一四級一〇号に該当する旨認定された。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載の通りであるので、これを引用する。

理由

一  本件事故の発生(請求の原因1)

請求の原因1の事実は当事者間に争いはない。

二  責任原因(請求の原因2)

1  被告岡庭は加害車を所有していることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると、同被告は加害車を自己のために運行の用に供していた事実を認めることができるので、同被告は自賠法三条により、原告に生じた後記人的損害を賠償する債務がある。

2  右当事者間に争いのない事実、証拠(甲四三、四五、乙六の一及び二、原告)と弁論の全趣旨によると、本件事故は、前車の動きを十分注視していなかつた被告伊勢が、前車の急停止に応じて急ブレーキを踏んだ被害車の動きに即応できなかつたことにより発生したものと認めることができるので、同被告は民法七〇九条により、原告に生じた後記損害を賠償する債務がある。

三  傷害、治療経過、後遺障害など(請求の原因3(1))

1  証拠(甲二、一三、四三、乙四、五、七、九、原告)によると、以下の事実を認めることができる。

(1)  傷害

頸椎捻挫

(2)  治療経過

昭和六一年一一月一五日から同年一二月一八日まで関東中央病院通院(通院実日数四日)

昭和六一年一二月一九日から同六二年一月一四日まで同病院入院

昭和六二年一月一五日から同年三月一〇日まで同病院通院(通院実日数二七日)

(3)  後遺障害

症状固定日 昭和六二年三月一〇日

後遺障害の内容 頸部痛、頭痛、耳閉感、左小指の痺れ

2  被告らは、原告には後遺障害は存在しない旨主張するが、右事実と前掲各証拠によると、症状固定時の原告の自覚症状としては右の通りであるが、神経学的にみて筋力・知覚・反射には異常のないこと、しかしながら、原告には第三、第四頸椎間及び第四、第五頸椎間に不安定な骨棘が存在することが認められるし、頸椎捻挫では第八頸髄神経系に障害が残存する事も多いのであるから、右のごとき自覚所見のみの後遺障害が出現しても決して不合理ではなく、しかも、この症状のために関東中央病院又は東京歯科大学市川総合病院における勤務に支障をきたしたことも認められるのであるから、原告の後遺障害の等級表一四級一〇号の「局部に神経症状を残すもの」に該当すると認めることが相当である。

四  原告の具体的な損害額(請求の原因3(2))

1  入院雑費 三万二四〇〇円

右認定の通り、原告は二七日間入院したのであるから、その間の雑費は、後記器具費も考慮して一日当たり一二〇〇円とすることが相当であるので、右期間では三万二四〇〇円となる。

2  治療費、リハビリテーシヨン費用 八万〇一四九円

(1)  右認定の通り、原告は治療費のために関東中央病院に通院していたところ、証拠(甲四)によると、その間の治療費は、昭和六二年一月一五日から同年二月末までは、文書料をも含めて六万二五二〇円であり、また同年三月一〇日までの治療費は明らかではないので、同月中に要した治療費を症状固定日前後の通院日数(甲一三によると、同月中の通院日数は一一日であり、症状固定日までは六日である。)に応じて按分すると、一万七六二九円となるので、治療費としては合計八万〇一四九円となる。

(2)  原告は、症状固定後も関東中央病院及び東京歯科大学市川総合病院に通院してリハビリテーシヨンを受けている旨主張し、その費用を損害として主張する。しかし、症状固定後の治療費は、症状固定後にも存続する痛みを和らげるため、または症状が悪化するのを防ぐために支出したものを除き、事故とは相当因果関係はないのであるところ、原告は、症状固定後も治療が必要であつたことの証拠として甲第一一号証を提出するけれども、そこでは「頸椎捻挫のための治療が必要な状態であつた」とするのみで、その具体的内容は明らかではないから、結局右証拠のみでは治療の必要性を認めることはできない。そして、他に治療を必要とすることを認めるに足る証拠はない。従つて、症状固定後の治療費を認めることはできない。

3  器具費 〇円

原告は、入院中に使用するため購入した読書用スタンドの代金を損害として主張するけれども、これは既に入院雑費として考慮したのであるから、独立の損害として認めることはできない。

4  医師への謝礼 〇円

謝礼の趣旨が、入通院に対する治療の御礼との趣旨であれば、前記程度の入通院期間では謝礼を損害と認めることはできないし、また、原告の勤務先の病院に入通院し同僚らに迷惑をかけたということにあるとすれば、これは交際費というべきものであるから、やはり損害ということはできない。

5  休業損害 二一二万〇三五一円

(1)  原稿料、委託研究料 一八八万八八八七円

証拠(甲一の一ないし五一、一四ないし二八、三五ないし四〇、四三、四四の一及び二、原告)によると、原告は、関東中央病院内科医長として勤務していた当時、製薬会社からの依頼により、同病院で使用する薬剤の副作用の調査である第四相臨床試験(市販後の医薬品の有効性、安全性の再確認、再評価のための試験)を行い、相当額の報酬を得ていたこと、報酬額は製薬会社からの依頼時には告げられることはなく、原稿作成時に支払われるもので、その額は、その内容にもよるけれども、一件当たり一万六六六六円から三四万九九九九円であり、一一万一一一一円のものが最も多いこと、原告は本件事故により負傷した結果、右の委託研究ないし原稿の依頼を断らざるを得なかつた事、その件数は少なくとも一七件であること、を認めることができる。そうすると、原告が得ることのできなかつた原稿料、委託研究料は、一七件につき一件当たりを最も多い一一万一一一一円として算定すると、一八八万八八八七円となる。

(2)  給与分 二三万一四六四円

証拠(甲八及び九)によると、原告は本件事故により、関東中央病院から支給されていた給与のうち、昭和六二年一月から同年三月までの間に二三万一四六四円減給されたことを認めることができるので、右額が損害となる。

6  逸失利益 〇円

前記事実と証拠(甲七、三二、三三)によると、原告の収入は、昭和六一年では、給与額及び雑収入合計一七一五万八四一九円であり、同六二年では合計一五〇三万五三一六円(原告は、昭和六二年一一月四日に交通事故に遭い入院したことは原告の自認するところであるが、それにもかかわらずこれだけの収入を挙げ得たことは原告の収入の減少はなかつたか、あつても少なかつたことを推測させるものである。)であり、右両年の前後の収入額は証拠上明らかではないが、右の点からすると、症状固定後の原告の収入額は、本件事故前後を通じてそれ程大きな変動はないものと認めることが相当である。なお、減収しないことについての原告の努力は、慰謝料中で考慮することとする。

7  慰謝料 一八〇万〇〇〇〇円

本件事故の態様、結果、原告の傷害の程度、入通院の期間・経過、後遺症の内容・程度、就業の際の原告の努力、その他、本件訴訟の審理に顕れた一際の事情を考慮すると、原告の受けた精神的苦痛を慰謝するには一八〇万円をもつてすることが相当である。

8  物損 二二万六八〇〇円

(1)  修理費 二二万六八〇〇円

証拠(甲一〇、原告)によると、被害車の修理費として二一万五〇〇〇円代替交通費一万一八〇〇円の合計二二万六八〇〇円を要したことが認められるので、右額をもつて修理費と認めることが相当である。

(2)  車輌評価損 〇円

原告は車両の評価損を請求するけれども、個人が使用する車両について発生するとされる評価損は、原則として、本件事故と相当因果関係はないのであるから、これを認めることはできない。

9  弁護士費用 四〇万〇〇〇〇円

弁論の全趣旨によると、原告は、本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、相当額の報酬を支払うことを約したことを認めることができるところ、原告の請求額、認容額、審理の経過、その他本件訴訟に顕れた一際の事情を総合考慮すると、本件事故と因果関係のある損害として被告らに賠償を求めうる弁護士費用は四〇万円と認めることが相当である。

五  結論

以上のとおり、原告の被告岡庭に対しては四四三万二九〇〇円、同伊勢に対しては四六五万九七〇〇円及びこれらに対する本件事故後の日である昭和六三年一月一日から支払い済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので認容することとし、その余の請求は失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 長久保守夫)

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